本>グレート・ギャツビーと嫌われ松子の一生

グレート・ギャツビー
村上春樹
中央公論新社
2006-11
定価 ¥ 861
おすすめ平均:
こういう話だったんだ・・・
切なくノスタルジックな純愛小説
珠玉の名作
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実は村上春樹の翻訳ということで、期待して読んだ割りに頭に残らなかった。小説の後に村上春樹の解説があり、そこで何故この小説が僕にピンとこないのか、ちょっとわかったような気がした。


そのピンとこない理由は、二つある。
①小説の賞味期限
 最近も不二家の問題がクローズアップされたが、小説にも賞味期限がある。この小説が書かれた
 1924年のUSAの時代背景が重要。盛大なパーティや上流階級の日常には、僕自身興味が持てな
 い。古典というものは、時代にかかわらず価値を失わないものだが、ある時代にしかフィットしない
 小説が価値がないとは言わない。逆に時代にフィットするものは、その時代に大きな影響を与えて、
 そこで価値を全うする。それで十分なはずだ。
②翻訳することで失われるもの
 村上春樹は、これは原文を読まないと伝わらないものがある、と言っている。そういわれると、返す
 言葉はない。文体の重要性はとても認識しているが、味わえる程の読解力はないので、僕には
 理解できない領域ということで、諦めた。

そうは言いながら、この小説の中で、心にひっかかったことはある。一つは、デイジーというわがまま
な女であり、もう一つはギャツビーを最後まで見届けたニック・キャラウェイである。デイジーという女は、フィッツジェラルドの妻ゼルダが重なるし、ニックはフィッツジェラルド本人かもしれない。

ギャツビーの死は本当に惨めなものだが、ニックだけは彼が何をしたか知っている。一人でもそういう人間がいて、わずかでもいいから共感してもらえれば、それでギャツビーは満足するだろう。同じ思いを最近見た映画「嫌われ松子の一生」でも感じた。松子の生涯も悲惨なものだが、甥がその過去を確認する作業の中で救われる。

嫌われ松子の一生 通常版
中谷美紀
アミューズソフトエンタテインメント
2006-11-17
定価 ¥ 3,990
おすすめ平均:
コミカルさを評価すべきか
柴咲コンプレックス
幸せになりたかった、ただそれだけの願いを持つ主人公の一生と…
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2007年02月04日 | Posted in | | No Comments » 

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