百冊009:取り逃がした未来

取り逃がした未来―世界初のパソコン発明をふいにしたゼロックスの物語
ダグラス・K.スミス ロバート・C.アレキサンダー

日本評論社 2005-01
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お薦め度 ★★★★★ (5)(翻訳が良ければ9)
ちょっと翻訳に問題があるので評価が厳しいですが、翻訳を修正して出していただければ内容はとても面白いのでお奨めです。


現在のPC環境に必須の技術は、すべてPARCから生まれた。しかしXeroxはそれをビジネスにすることはできなかった。技術をビジネスに転換できなかった一つの事例としてよく語られるようになりましたが、この本のおかげでXeroxとPARCはPCの発明者としての名誉を歴史に残せるようになりました。

この本は、USAで1988年9月1日にハードカバーで出版され、1999年4月1日にペーパーバックになりました。その翻訳が出版されたのは、2005年1月20日です。実に17年も経っています。それでもこの本が面白く、今でも読む価値があると感じるのは、PARCで発明されたものが今は日常の中に当たり前に存在するようになっているからであり、30年先の未来を確かに1970年代に作り出していたという驚異の事実があるからです。ペーパーバック版が出版された日には、この本の姉妹本ともいえる「未来を作った人々」のハードカバーが出ています。「取り逃がした未来」がさらにPARCに焦点を絞った「未来を作った人々」を生み出したのです。

本書「取り逃がした未来」は、Xeroxの輝かしい成功と失敗の歴史を浮き彫りにした本として、非常に良く書けていると思います。なぜ複写機で成功し、PCで失敗したのでしょうか。発明-技術開発からビジネスへの橋渡しがなぜうまくいかなかったのでしょう。本書では、Xeorxの経営者や製品開発部門の問題であるような書き方になっていますが、私には異論があります。現在のPC環境を作り上げるためには、CPUの性能の問題、ビットマップディスプレイの解像度の問題、ハードディスクの容量の問題、メモリの容量の問題などがあり、またそれらの製造コストの問題もありました。IBMやAppleそしてMicrosoftが成功した要因は、その時の半導体技術でできるレベルで最適化を行い、手の届きそうな価格で提供したからです。そういう意味で、この発明はやはり周りの環境に依存せず、自分達の力だけで突然未来の姿を作り出してしまったために、商品化への道が長かったと見えるだけであって、普通であれば1980年代に発明されて、1990年代に実現できる類のものだったと思います。1970年代のPalo Altoという場所、すなわちシリコンバレーという世界で唯一の場所でのみ起こせた奇跡と考えた方が正しいと思います。そこに、全米の優秀なコンピュータ研究者が集まって、デジタルの錬金術が完成したのです。確かにXeroxは「取り逃がした」のでしょうが、それは経営陣の問題ではなく、早く来すぎたことが原因だと私は思います。

AppleがMacintoshを発売したのは、1984年でした。128Kバイトのメモリではほとんど仕事はできません。結局コスト、機能がつりあうようになってきたのは、1995年のMicrosoftのWindows95が発売されて以降です。CPUで言えばPentium3以降です。そしてマルチメディアも扱えると私達が確信できるようになったのは、2001年11月のWindowsXPの発売以降です。ここまでに25年の時間が経っています。その間に、分散環境はインターネットと無線という技術によって、ubiquitousという概念に拡張されてきたのです。誰が1970年代にこれを思いつくでしょうか。また、誰がこれを独占的にビジネスにできたでしょうか。

回りの変化に常に気を配り、現実的な改良を施しながら、常にビジネスを行っている会社でなければ、これはできません。継続は力なりです。Xeroxは最初の発明で爆発的な成功を収めました。誰にでも扱える製品だったからです。2回目の発明では、最初に作り上げたという名誉しか残りませんでした。しかし、私はPARCという場所を作り上げたことで満足すべきだと思います。PARCは今も健在です。PARC Forumが頻繁に開催されており、今もよき伝統を受け継いで、運営されているように見えます。Xeroxの子会社として独立した運営がなされる中で、いろいろな会社と共同で研究を始めています。これで良かったと思います。

この話を研究所から商業化への技術移転の失敗例として挙げていますが、今まで述べてきたように私にはそうは思えないということです。がんばってStarというシステムを作りあげたのですから。私はStarそのものは非常に洗練されていて使いやすいと思いました。しかも本当にわずかなメモリやディスクしかないところ、あれだけインタラクティブに応答ができる仕組みを作ることができたことに未だに驚きがあります。
続きは、「未来をつくった人々」で述べることにして、最後に翻訳に関していくつか指摘したいと思います。

翻訳者の山崎さんには、まず苦労して訳していただいたことに感謝したいと思います。ただし、やはり気になる点が多く、いくつか指摘させていただきます。

P88 バベッジの「分析エンジン」は、普通「解析機関」あるいは「解析エンジン」と訳されています。
   Googleで検索すると良くわかります。

p116 「バキュームチューブスイッチ」は、「真空管スイッチ」の方がいいでしょう。

p138 「保管と転送」プロトコルーこれも普通訳さないで、「ストア・アンド・フォワード方式」などと書かれる
   場合が圧倒的に多い。Googleで検索すると良くわかります。

p153 「ビニーバー・ブッシュ」は、多くの場合「ヴァネバー・ブッシュ」と表記されています。

こういう細かい点だけではなく、意味が汲み取れないところが後半にいくつかありました。この部分をもう少し直せばすごく良くなると思います。とにかく、Xeroxのコンピュータのことにある程度通じている人間2,3人に読ませて、問題点を抽出する必要があったと思います。

2005年03月06日 | Posted in 電脳:百冊 | タグ: No Comments » 

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