ミステリ>容疑者Xの献身

もしかしたら初めての経験かもしれない。映画を見てから原作を読んだのは。東野圭吾の「容疑者Xの献身」を読んでいなくて、最近DVDを見た。DVDを見て、数学者石神の動機に納得がいかなくて、原作も読んでみた。倒叙ものだから、結末がわかっていても面白いし、犯行を隠す詳細な工作とその論理性が心憎い。

福山雅治
ポニーキャニオン
2009-03-18
おすすめ平均:
原作物の映画化としては良作
表現の自由と言論の自由と映画ジャーナリズム
原作を読むべきか、映画を見るべきか?!

東野 圭吾
文藝春秋
おすすめ平均:
見事なミステリ
そういえば・・・・いなくなっていた・・・
必涙の名作。必ず誰かに勧めたくなる。

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原作が数年前の刊行で、映画も半年くらい前だから、賞味期限切れかもしれない。しかし、私にはいろいろ考えさせられる小説だったというか、未だに納得がいかない。

映画を見ていると、松雪泰子が堤真一扮する石神を好きになってもおかしくないと思った。しかし、原作を読むと石神というのは風采のあがらない醜男で柔道部の顧問という設定。映画を成立させるための松雪泰子であり堤真一なのだが、ここは原作に忠実でない唯一の欠点だ。それ以外は、映画と原作で違和感がない。映画が良くできていると思ったのは、石神のメイントリックを観客に分からせることができたということだ。

堤真一が石神役なので、最後までスマートでさらっとした終わり方だった。一方、原作は石神がもてそうにない男なので、助けた女性からあまりよく思われていないこともあり、その侘しさや一途な気持ちが涙を誘う。実際、原作を電車の中で読んでいて、湯川が女性に事実を告げるところで不覚にも涙が出そうになった。

堤真一は、私の好きな「ヤマトナデシコ」でも数学者役、今回が2回目だろう。(映画やドラマで数学者の出番は少ないはず。)私がイメージする数学者とは、やせていて、眼鏡をかけていて、常に冷静な人間。この小説で出てくる石神のような数学者はイメージしにくい。だいたい私の偏見では、数学者というのは研究に没頭するあまり一般常識のない人間。石神のように犯罪学に通じた数学者というのも普通ありえない。たまたまミステリ好きの数学者かもしれないが。。 それに輪をかけておかしいのは、水商売から足を洗って弁当屋に勤める女性に恋をするだろうか。まず納得できない。論理的な美に陶酔する人間のすることとは到底思えない。

数学者の恋はいろいろあるとして許せるが、この小説で倫理的に問題があるのは、ホームレスと子供のいる母親の命を秤にかけて、論理的に冷徹に判断を下したことだろう。そこをカモフラージュするのが、数学者の恋なのだろうか。石神が犯した罪は、計画的で論理的であるがために深く重い。

2009年05月06日 | Posted in mystery | | No Comments » 

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